中正紀念堂

 

中正紀念堂 
「中正」とは中華民国初代総統であった「蒋介石」の本名(=蒋中正)を指し、1975年4月5日に亡くなった蒋介石に対する哀悼の意を込めて建てられました。蒋介石90歳の誕生日にあたる1976年10月31日に着工、亡くなってちょうど5年目にあたる1980年4月5日に一般開放されています。シンボルともいえる蒋介石の席座像が置かれている正面中央の本堂では、おなじみの「衛兵交代式」の他、蒋介石の遺品と共にその功績を紹介する「蒋公文物展視室」や蒋介石に関する書物・視聴覚教材が利用できる「中正紀念図書館」も無料で開放されています。また本堂の右側にある国家戯劇院(オペラハウス)や、左側の国家音楽庁(コンサートホール)の他に公園広場、庭園、池(光華池・雲漢池)なども併設されているのでいろいろな用途で満喫できちゃいます。この広大な土地は、清朝、日本統治時代ともに軍が使用していた軍用地跡地だそうで、敷地総面積は25万m²、なんとオリンピックのサッカー場が25個も入ってしまう広さ!というのだから驚きです。またここは蒋介石を追悼する場であると同時に、中華民国の思想を表現する場ともなっているため、建物それぞれに中華思想を示すアイテムが散りばめられているんです☆そこに注目して見学すれば「ふむふむ、なるほど~」と感心してしまうこと間違いなしです。

中正紀念堂について

 

 

 

 

 

 

 

施設
中正紀念堂の敷地面積は25万平方メートルに上り、日本統治時代の山砲隊、歩兵第一連隊の軍用地跡地である。敷地中には本堂のほかに国家戯劇院や国家音楽庁、公園広場、休息所や回廊、庭園、池(光華池・雲漢池)なども併設されている。本堂を始めとするこれらの施設は市民達の憩いの場となっている他、公園広場は政治的な集会の場として使用されることも多く、特に1987年の戒厳令解除後には学生運動やストライキの集合地点としてしばしば使用された。
敷地の東側に位置する紀念本堂の面積は約1万5千m²で、建物の高さは70mにも及び、西にある中国大陸を臨むように設計されている。本堂正面には高さ30メートルの大中至正門と他2つの門があり、その内部はメインフロアと地階に分けられている。メインフロアの奥には巨大な蒋介石の銅像が設置されており、銅像の上部には蒋介石の基本政治理念であった「倫理、民主、科学」という三民主義の本質が、像の土台には蒋介石の言葉がそれぞれ記されている。日中は像の両脇で儀仗隊が警護しており、1時間ごとに交代の儀式が行われる。なお、フロアの天井の最上部には国章である「青天白日」の徽章が描かれている。
また、地階には以下のような施設が設置されており、それぞれが蒋介石の顕彰施設としての役割を果たしている。
文物展示室 – 蒋介石の衣服、文献、写真などを陳列しており、蒋介石の一生または業績に従って11のユニットに分けられている。
中央通路 – 蒋介石が生前乗用した2台のキャディラックと公園の模型が展示してある。
中正紀念図書館 – 床面積が2418m²にも及ぶ図書館で、蒋介石の著作や彼に関連する書物を中心とした3万冊以上の書籍、150冊以上の定期刊行物が収蔵されている。また、館内には視聴覚エリアがあり、文化、歴史などに関連するビデオやテープなどの視聴覚教材が利用できる。
故蒋介石総統紀念室 – 1994年10月31日に完成した施設で、蒋介石の執務室を当時の文物を用いて再現したものである。
なお、地階にはこの他にも講演ホールや懐恩ギャラリー、中正ギャラリーや端元ホールといった施設がある。

(source: 台北ナビ、ウィキメディア)