金瓜石

地理位置 
金瓜石鉱山(きんかせき こうざん)は、台湾北部の新北市瑞芳区(旧台北州基隆郡)にあった金鉱山。かつては、東北アジア第1の金山と呼ばれ、非常に栄えた。現在は廃鉱となっているものの、観光地化されている。

25.108762,121.859493

 

 

 

 

 

 

 

歷史
清朝統治時代
1890年(明治23年)、基隆川に架ける鉄道橋工事の最中、作業員によって渓流から砂金が発見された。以後猴硐溯から小粗坑溪、大粗坑溪に沿って上流への鉱脈探索が進められ、1893年には九份(きゅうふん)にて金鉱を発見、一躍ゴールドラッシュの様相を呈した。翌1894年には金瓜石でも金鉱が発見されたが、当時日清戦争などで清国政府は鉱山の管理どころでなく、ほぼ放任状態だったという。
日本統治時代
1895年(明治28年)、台湾の統治者となった日本政府はただちに金鉱採掘禁止令をしき、翌1896年(明治29年)には新しく鉱業管理規則を発布した。 それと同時に基隆山山頂を境として一帯が東西に分けられ、東の金瓜石は田中長兵衛の田中組に、西の瑞芳は藤田伝三郎の藤田組にそれぞれ採掘権が与えられた。1904年(明治37年)6月に獅子岩の麓で豊富な硫砒銅鉱が発見され、金瓜石は金ばかりでなく銅鉱としても大規模な鉱床であることが明らかになった。1914年(大正3年)当時の従業員数は日本人599人、台湾人169人で、別に下請坑夫が2,000人近くいたという。1922年には翌年台湾に行幸する皇太子を迎える為、2代目田中長兵衛により檜造りの日本家屋、太子賓館が建てられる。情勢変化のためか皇太子が金瓜石に訪れることは無かったが、後に他の皇族が宿泊したと言われる。
中華民国統治時代
第二次世界大戦後、中華民国政府は金瓜石を没収し、金銅鉱務局設立準備処を設立、10年後の1955年には金瓜石鉱山を再度組織し直し台湾金属鉱業股份有限公司が設立された。
戦後の採掘処理技術や作業方式はすべて日本鉱業の残したモデルに従い、留用された技師達の指導で順調に進んだが、当時台湾には金属の製錬所がまだ無かった。その為、新しく金瓜石に金銀製錬工場を、また水南洞に沈澱銅を製錬するための溶鉱炉、反射炉と電錬工場を建設した。

見どころ
金瓜石の街は、鉱山施設や黄金博物館などの施設と日本統治時代の建物からなる金瓜石黄金博物園区として整備された。採掘の様子が再現された坑道や運搬に使われた線路、日本人宿舎や鉱夫食堂などのほか、当時皇太子だった昭和天皇が訪問する際に建てられた、日本建築の「太子賓館」も残されている。

 

 

黄金博物館
黄金博物館は、鉱山事務所を改築した金の博物館である。金瓜石の鉱業や文化を伝えていて、砂金採りも体験できる。博物館には世界最大級(220.3キロ)の金塊が展示されていて、これはギネスブックに登録されている。建物脇の本山五抗では、坑道見学ができ、坑道の中に入ることができる。黄金館3階体験コーナーではお待ちかねの砂金採りが体験できます!(料金別途NTD$100)
営業時間:

火~金 9:30~17:00 (入場は16:00まで)

土・日 9:30~18:00 (入場は17:00まで)

休業日: 月曜日
 

料金: ★入場券NTD 80、本山五坑入場券NTD 50、砂金採り体験チケットNTD$100。
無料の日本語音声ガイドがございます。

黃金博物館-1黃金博物館-2黃金博物館-3

 

 

 

 

 

 

太子賓館
日本統治時代に当時の皇太子(昭和天皇)が金瓜石の鉱山産業を視察する際に、迎賓館として建設された純和風の建物。黄金博物園エリアの中にあり、金瓜石派出所(交番)と郵便局の東南側約100メートルの上に位置します。太子賓館は台湾で優れている木造建築で、この天皇のために建てられた建物で、あちこちにも建造者の心尽くしが感じられます。建物の平面図を示す掲示板を見て、太子賓館は「人」字型で建てられたことが分かります。日本式書院に洋風を加えて、特別な建物になっています。院内でよく見えるコンクリートは、当時にとても貴重な建材でした。部屋の中に置いてある家具は桜の木、サンダルウッド、ヒノキで作られたものです。今は中に入って参観することができないため、外から木製家具の美しさを楽しむしかありません。
太子賓館の管理人は天皇が台湾に来ないと知った後、悲しすぎて、マラリアで亡くなったといううわさがあります。

 

日本人宿舎
日本統治時代は日本人職員の宿舎でした。1930年代頃の建物を、当時の木材も使用しながら2005年修復工事を終え、2007年に正式開放となりました。中に入りまずビデオガイドを観賞。それから見学へ。細かいところまで完全に近い形で当時のように再現されています。田舎のおばあちゃんの家みたいですが、床の間の掛け軸の下に防空壕があったりするところが…やっぱり違いますよね。

 

 

 

黄金瀑布
滝って言うよりも渓流ですが、このエリアの多雨により雨水が鉱脈の表層に
滲み込み、黄鉄鉱や硫ヒ銅鉱と接触して、酸化還元反応と鉄の触媒作用により、
オレンジがかった色の酸性の水になって伏流水となり、
ここで湧き出し流れ、こんな景観になっているそうです。

 

 

 

 

黄金神社
金瓜石鉱山は当時「北東アジア一」と言われた金鉱山であり、黄金神社はその前年に鉱山を手に入れた日本鉱業株式会社が1933年3月2日に建立したものである。冶金の守護神として大国主命、金山彦命、猿田彦命の三神が祀られていた。
日本統治時代においては金鉱山の従業員や周辺住民の信仰を集め、毎年盛大な祭りが開かれていたという。
太平洋戦争後廃社となり社殿などは破却されたが、社殿の柱や鳥居、燈籠などが今も残る。


 

 

 

(source: wiki、台北ナビ、asmile japan、新北市政府観光旅遊局)